小林一茶1763–1828
こばやし・いっさ | 生きとし生けるものへの眼差し。庶民派俳句の代表
小伝
信濃国柏原(長野県信濃町)の農家に生まれる。三歳で母を失い、継母との不和から十五歳で江戸へ奉公に出た。俳諧を学びながら各地を放浪し、五十歳を過ぎて故郷に帰住。遅い結婚で授かった子らを次々に亡くし、家も大火で失うなど、生涯は苦難の連続だった。
その一茶の句が、なぜこれほど親しまれるのか。雀や蛙、蠅といった小さな命に「負けるな」「打つな」と呼びかける眼差しは、単なる憐憫ではなく、苦労人だけが持ちうる同輩意識である。方言や俗語を恐れず使い、わが子の死さえ「露の世は露の世ながらさりながら」と詠んだ。理屈では割り切れない情の世界を、平明な言葉で残した二万句は、俳句がすべての人のものであることの証明である。
代表句
やせ蛙 負けるな一茶 これにあり
雪とけて 村一ぱいの 子どもかな
めでたさも 中くらいなり おらが春
我と来て 遊べや親の ない雀
名月を 取ってくれろと 泣く子かな
露の世は 露の世ながら さりながら
やれ打つな 蝿が手をすり 足をする
大の字に 寝て涼しさよ 淋しさよ
HitchHaiku で読む・倣う
一茶の句は子どもから大人まで、俳句の入口としてもっとも親しまれてきた。HitchHaiku でも初心者向けの名句として最初期から収録されている。