河東碧梧桐1873–1937

かわひがし・へきごとう | 新傾向俳句の旗手。定型を離れ、自由律への道を拓いた

小伝

松山に生まれる。正岡子規に兄事し、高浜虚子とともに「子規門の双璧」と称された。子規没後は新聞『日本』俳句欄の選者を継ぎ、写生をさらに推し進めて、五七五の定型や季題の約束にとらわれない「新傾向俳句」を提唱。二度にわたる全国行脚(『三千里』)で各地の俳人と交わり、俳句の形を根本から問い直した。

初期の代表句「赤い椿白い椿と落ちにけり」は子規に激賞された鮮烈な写生句だが、後年は「曳かれる牛が辻でずっと見回した秋空だ」のように、定型を大きく踏み越えていく。その先に種田山頭火や尾崎放哉の自由律俳句が花開いた。伝統の側からは異端とされたが、俳句の可能性を極限まで試した実験者として、俳句史に欠かせない存在である。

代表句

赤い椿 白い椿と 落ちにけり

季語:椿(春) | 松山。子規に激賞された初期の代表作

曳かれる牛が 辻でずっと 見回した秋空だ

季語:秋空(秋) | 新傾向俳句の代表作。定型からの離陸

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碧梧桐が拓いた自由律の道は、山頭火・放哉へと受け継がれた。HitchHaiku の古典データベースでは、定型と自由律の両方の系譜をたどることができる。

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